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   <title>徳島県：脇町うだつ歴史街道を訪ねて</title>
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   <updated>2007-10-01T07:34:18Z</updated>
   <subtitle>徳島県美馬市脇町の歴史街道「うだつの町並み」を写真つきで紹介します。</subtitle>
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   <title>脇町への交通アクセス</title>
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   <published>2007-04-03T02:15:47Z</published>
   <updated>2007-04-03T02:51:51Z</updated>
   
   <summary>【脇町うだつの町並みへのアクセス】 脇町への車でのアクセス 徳島自動車脇町ICか...</summary>
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         <category term="001脇町への交通アクセス" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
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      <![CDATA[【脇町うだつの町並みへのアクセス】

<strong>脇町への車でのアクセス</strong>
徳島自動車脇町ICから国道193号で約4km
高松市内から国道193号を走ると車で約1時間20分
徳島市内より徳島自動車道を走ると車で約約40分
徳島市内より国道192を走ると車で約1時間30分

<strong>JR、バスでアクセス</strong>
JR徳島線特急に乗車40分でJR穴吹駅下車。
タクシーで約10分。
もしくは市営バスに乗り換え、バス停脇町道の駅下車。
※市営バスは1日の本数が少ないため時刻確認のこと。（路線は穴吹駅→西村です。）
<a href="http://www.city.mima.lg.jp/3/20/index.html">美馬市営バス時刻表</a>

<strong>脇町うだつの町並みへのお問い合わせ</strong>
美馬市脇町観光文化協会　0883-53-8599

<img src="http://udatu15.yoi-joho.net/images/chizu1.jpg" border="0" alt="高速道路アクセス" width="416" height="312">

<img src="http://udatu15.yoi-joho.net/images/chizu2.jpg" border="0" alt="脇町へのアクセス" width="416" height="312">

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   <title>脇城に稲田植元が入城するまで</title>
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   <published>2007-07-09T04:58:47Z</published>
   <updated>2007-07-09T07:21:18Z</updated>
   
   <summary>うだつの町並み、そして脇町を語る上ではずせないのが稲田家です。 「稲田家略記」に...</summary>
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         <category term="001稲田植元の入城" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
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      <![CDATA[うだつの町並み、そして脇町を語る上ではずせないのが稲田家です。

「稲田家略記」によると

稲田植元（たねもと）は天文14年（1545年）に尾張岩倉城で産まれました。
植元（たねもと）が9歳の時、植元（たねもと）の父が亡くなり、
蜂須賀正勝が植元（たねもと）を引き取って養育します。


天正13年当時、長宗我部元親がおさめる四国を、豊臣秀吉は「四国征伐」を開始。
そのときに稲田植元（たねもと）は蜂須賀正勝とともに四国征伐に参加し、
「脇城」「岩倉城」を攻めたのです。


ところが、脇城、岩倉城の攻防では、長宗我部勢の守備、反撃が強く長期戦となります。

あまりにもの難攻不落、長期戦にいらいらした秀吉は、書状五ヶ条を送るのです。
その5か条の中には、兵糧攻め、水攻め、場内の女、子供も皆殺すことを命じる文も記述されていました。そんな過酷な攻防の中、とうとう脇城、岩倉城は陥落します。


戦乱があったと思われる場所。現在は住宅が立ち並び当時の面影もありません。
手前の低い山が脇城が建っていた虎伏山（虎が伏せているようだからついた名前）
<img src="http://udatu15.yoi-joho.net/images/sennchi.jpg" border="0" alt="戦乱があったとおもわれる地域" width="320" height="240">


その結果、蜂須賀家政が阿波（現在の徳島県）に入国。
四国征伐の際攻略した脇城は阿波国北方の重要地点だったため、
蜂須賀家最高の家臣である稲田植元（たねもと）を脇城に入城させたのです。

植元が脇城に入場すると、長期の戦乱で荒廃した城下町の復興に力を尽くします。
まず、町の古老に意見を聞きます。

そして、城下町復興を委託された古老は戦乱の焼け野が原となった町跡に住民を呼び集める札をたてました。

「脇町之儀、先年之通り町並御取建仰付けられ候、右に付町屋敷の儀、地子諸役御免に仰付けられ何国何者に限らず住居相望みの者は、佐野善左衛門、吉田孫市方へ申出づべく候」

この建札により方々より人が集まり、復興し、町がにぎやかになっていったのです。
正に、いまのうだつの町並みの原形です。

その他、

脇指御免を仰付けられた町年寄六人や、町人を代表する五人組を十二人任命するなどし、町の治安を維持する自治組織を確立。

脇城の修復をし郭内に武家屋敷を建て並べる。（当時、阿波国北部一の名城となる）

町の繁栄策として、毎月6回の市を実施し、各地に市の宣伝をする。
月6回の市は常駐的な市になるため、各地の商人も本腰で集まってくるようになる。

藍の奨励によって、脇町は阿北（阿波徳島の北部方面）で藍の中心地となります。
周辺地域から藍葉が集荷され、すくもを製造し、吉野川を利用して徳島方面に運ばれ、帰りの船には海産物がのっているのです。


このことからもわかるように、今現在のうだつの町並みの原形となっているものは、
稲田植元（たねもと）の城下町復興政策が大きく関係していると思われます。

■参考文献、引用文献
「稲田家略記」
「徳島の文化4号」昭和59年
「脇町の文化2号」昭和62年




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   <title>稲田家の墓（貞真寺）</title>
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   <published>2007-07-09T06:43:31Z</published>
   <updated>2007-07-09T06:59:00Z</updated>
   
   <summary>稲田家の祖先は、稲田貞祐（さだすけ）から始まります。 稲田貞祐（さだすけ）は尾張...</summary>
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         <category term="003稲田家の墓" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://udatu15.yoi-joho.net/">
      <![CDATA[稲田家の祖先は、稲田貞祐（さだすけ）から始まります。
稲田貞祐（さだすけ）は尾張岩倉城主織田伊勢守に仕えましたが、
伊勢守に仕えながら織田信長に内通したという疑いをうけ切腹を命じられます。

その稲田貞祐（さだすけ）の墓が脇町の貞真寺（ていしんじ）にあります。
そして、後の1585年に城主として脇城に入る 稲田植元（たねもと）の墓も
貞真寺（ていしんじ）にあります。

貞真寺
　↓
<img src="http://udatu15.yoi-joho.net/images/teishinji1.jpg" border="0" alt="貞真寺（ていしんじ）" width="320" height="240">

<img src="http://udatu15.yoi-joho.net/images/teishinji.jpg" border="0" alt="稲田墓所案内板）" width="320" height="240">


稲田墓所
　↓
<img src="http://udatu15.yoi-joho.net/images/teishinnji3.jpg" border="0" alt="稲田墓所）" width="320" height="240">

<img src="http://udatu15.yoi-joho.net/images/inadahaka.jpg" border="0" alt="稲田墓所案内板）" width="320" height="240">

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   <title>稲田屋敷（パルシー北側の道沿いを東へ）</title>
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   <published>2007-07-09T07:23:53Z</published>
   <updated>2007-07-09T07:59:33Z</updated>
   
   <summary>ガイドの田村さんの案内で、 稲田氏の家来が住んでいた稲田屋敷跡を散策してきました...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://udatu15.yoi-joho.net/">
      <![CDATA[ガイドの田村さんの案内で、
稲田氏の家来が住んでいた稲田屋敷跡を散策してきました。

<img src="http://udatu15.yoi-joho.net/images/inadakannbann.jpg" border="0" alt="稲田屋敷看板" width="320" height="240">

この地図にそって散策してみます
　　　↓
<img src="http://udatu15.yoi-joho.net/images/inadakannbannkakudai.JPG" border="0" alt="稲田屋敷看板拡大" width="240" height="320">


ショッピングセンターパルシー北側の道を東に入ると稲田屋敷について解説した看板を見つけました
　　　↓
<img src="http://udatu15.yoi-joho.net/images/inadakanban2.JPG" border="0" alt="稲田屋敷看板" width="240" height="320">
二代目稲田示植（しげたね）の時、大字脇町は阿波本藩直轄の「御蔵地」に編入され、
脇城大屋敷に代官が置かれた。
稲田氏は脇城から退いたが、ここ猪尻に屋敷を構え、町に影響力を保った。
猪尻には稲田氏や家臣の屋敷があった。
古い門などに面影を残している。
＜看板より引用＞

もう少し東に進むと見つけた稲田家家臣の屋敷跡。
石垣が立派です。
<img src="http://udatu15.yoi-joho.net/images/ishigakiato2.jpg" border="0" alt="石垣跡" width="320" height="240">

<img src="http://udatu15.yoi-joho.net/images/ishigakiato.jpg" border="0" alt="石垣跡" width="320" height="240">







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   <title>稲田屋敷（パルシーより東側の道）</title>
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   <published>2007-07-09T08:11:27Z</published>
   <updated>2007-07-09T08:19:47Z</updated>
   
   <summary>先ほどショッピングセンターパルシー北側の道を東にまっすぐ進みましたが、 突き当り...</summary>
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      <![CDATA[先ほどショッピングセンターパルシー北側の道を東にまっすぐ進みましたが、
突き当りを南に進んでみます。

この地図で見ると左側の縦線になっている道ですね。
<img src="http://udatu15.yoi-joho.net/images/inadakannbannkakudai.JPG" border="0" alt="稲田屋敷配置地図拡大" width="240" height="320">

<img src="http://udatu15.yoi-joho.net/images/yashiki1.jpg" border="0" alt="突き当りを南へ" width="240" height="320">

もっとすすむと塀が立派です。
昔のままではさすがに崩れてくるので修復しているそう。
<img src="http://udatu15.yoi-joho.net/images/hei1.jpg" border="0" alt="突き当りを南へ" width="240" height="320">]]>
      
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   <title>稲田屋敷（西屋敷）</title>
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   <published>2007-07-09T08:20:30Z</published>
   <updated>2007-07-09T08:36:37Z</updated>
   
   <summary>稲田家家臣、尾方長栄宅、西屋敷と呼ばれるところです。 現在は佐藤さんがお住まいで...</summary>
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      <![CDATA[稲田家家臣、尾方長栄宅、西屋敷と呼ばれるところです。
現在は佐藤さんがお住まいです。
<img src="http://udatu15.yoi-joho.net/images/ogatamon.jpg" border="0" alt="西屋敷" width"240" height="320">

たずねてみると、現在の家主である佐藤さんがとても丁寧に手入れしており、
立派なたたずまいはそのままとなっています。
<img src="http://udatu15.yoi-joho.net/images/ogata1.jpg" border="0" alt="西屋敷" width"320" height="240">

家の中にお邪魔しました・・・。
窓が正座、胡坐で座っても景色が見える雪見窓になっています。
<img src="http://udatu15.yoi-joho.net/images/ogata3.jpg" border="0" alt="西屋敷家の中" width"320" height="240">

ご主人が丁寧に手入れしている庭。すばらしい眺めです。
<img src="http://udatu15.yoi-joho.net/images/ogata6.jpg" border="0" alt="西屋敷家の庭" width"320" height="240">


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   <title>かつて稲田屋敷があった場所</title>
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   <published>2007-07-09T08:38:23Z</published>
   <updated>2007-07-09T08:47:57Z</updated>
   
   <summary>かつて稲田屋敷があったと思われる場所に行って来ました。 看板の地図によると、現在...</summary>
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      <![CDATA[かつて稲田屋敷があったと思われる場所に行って来ました。

看板の地図によると、現在、阿波証券や、フランス料理やさんが建っている場所の北側です。
　　↓
<img src="http://udatu15.yoi-joho.net/images/inadakannbannkakudai.JPG" border="0" alt="稲田屋敷地図" width"320" height="240">

かつて稲田屋敷があった場所は駐車場や、空き地、住宅地になっていました。
<img src="http://udatu15.yoi-joho.net/images/inadaato.jpg" border="0" alt="稲田屋敷跡" width"320" height="240">
<img src="http://udatu15.yoi-joho.net/images/inadaato2.jpg" border="0" alt="稲田屋敷跡" width"320" height="240">

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   <title>梶浦食堂のうどんといなり寿司は絶品。</title>
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   <published>2007-07-09T08:54:32Z</published>
   <updated>2007-07-09T09:04:08Z</updated>
   
   <summary>国道193号線と鳴門池田線のツタヤがある交差点を少し北にいくと「梶浦食堂」があり...</summary>
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      国道193号線と鳴門池田線のツタヤがある交差点を少し北にいくと「梶浦食堂」があります。

ガイドの田村さんに連れて行ってもらいました。

一皿3個入りのいなり寿司は甘辛い味付けがしっかりついていてたいへんおいしいです。
うどんも、世間はこしのある讃岐うどんが主流の中、梶浦食堂流、昔風のおうどんです。
だしがとってもおいしくて、ちょっとクセになりそう。

今回写真は無いですが、外観は本当に「食堂！！」なので入ったことがありませんでした。
店の中はレトロで本当に雰囲気よいですよ～。
隠れた地元の穴場ですね。

うどんといなり寿司で600円でした。それぞれの値段は見てないです。
      
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   <title>庚午事変（こうごじへん）とは</title>
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   <published>2007-07-26T02:16:07Z</published>
   <updated>2007-07-26T02:17:38Z</updated>
   
   <summary>庚午事変（こうごじへん）は、1870年に当時の徳島藩淡路洲本城下で洲本在住の蜂須...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://udatu15.yoi-joho.net/">
      庚午事変（こうごじへん）は、1870年に当時の徳島藩淡路洲本城下で洲本在住の蜂須賀家臣の武士が、家老稲田邦植の別邸や学問所などを襲った事件。稲田騒動（いなだそうどう）とも呼ばれる。

＜ウィキペディア（Wikipedia）より引用＞
      
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   <title>庚午事変の起きた背景（王政復古へ）</title>
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   <published>2007-07-26T02:17:54Z</published>
   <updated>2007-07-26T02:43:46Z</updated>
   
   <summary>王政復古、倒幕活動の動きが激しい幕末期のこと。 蜂須賀家（本藩側）は佐幕派である...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://udatu15.yoi-joho.net/">
      王政復古、倒幕活動の動きが激しい幕末期のこと。

蜂須賀家（本藩側）は佐幕派であるのに対し、稲田家は尊王派であった。
有栖川宮殿下などは、本藩蜂須賀家をさしおいて、稲田に対して「稲田藩」と呼んでいた。

これに対し面白くないのは蜂須賀家。

もともと、蜂須賀と稲田は秀吉の家臣時代に蜂須賀は竜野六万石、稲田は河内二万石を与えられたが、稲田はそれを断り、蜂須賀と行動を共にした経緯がある。
稲田家は蜂須賀の第一家老であるが、藩士よりは身分が低いのである。

王政復古後に、旧藩主（蜂須賀）を知事に任命、そして稲田家は藩の給米をうけることになる。

稲田家はこの対応に対して、
「稲田家は蜂須賀家と同格の家柄。扶助米はまとめて稲田に渡してもらいたい」
と嘆願したが聞き入れられなかった。

　　続く

＜参考文献　稲田家略記＞
      
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   <title>大滝山に行ってきました。空気がめちゃくちゃおいしいです！</title>
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   <published>2007-07-31T02:31:49Z</published>
   <updated>2007-07-31T02:49:26Z</updated>
   
   <summary>国道193号線を脇町から香川に向かって車を走らせると、左側に大滝山に入る道があり...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://udatu15.yoi-joho.net/">
      <![CDATA[国道193号線を脇町から香川に向かって車を走らせると、左側に大滝山に入る道があります。
そこをたどっていってきました。

ブナの原生林ガ生い茂る大瀧寺の境内に入ると、空気が本当に違います。
「空気がおいしいとはこのことだったのか！」と実感。

まさに癒しの空間です。

<img src="http://udatu15.yoi-joho.net/images/buna.jpg" border="0" alt="ブナの原生林" width"320" height="240">

このブナの原生林が雨水を保水し、うだつの町並みのそばにある大谷川の川の水となるんですね。

ブナの原生林に入ると、地面がぬかるんでいて、水気があります。（すべりやすいので注意！）
ちょうど私が訪ねた時は、四国の渇水が全国放送のニュースなどで話題になっていた頃ですが、山の木々が雨を保水してくれているんだなあと改めて感じました。]]>
      
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   <title>大滝山の昔話（大滝山の石合戦）</title>
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   <updated>2007-07-31T03:09:50Z</updated>
   
   <summary>大滝山には、昔話があるそうです。その名も「大滝山の石合戦」 なんでも、阿讃国境に...</summary>
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      <![CDATA[大滝山には、昔話があるそうです。その名も「大滝山の石合戦」

なんでも、阿讃国境にあるこの大滝山と、吉野川市山川町にある高越山の仲が悪く、常にけんかしていて、けんかがそのうち石の投げ合いになったそう。

投げ合いした石は「大滝寺の少し南に残っている」とか、「脇町の拝原地区におちた」とか、「高越山の山頂に投げた石が残っている」とか、「阿波市阿波町医王寺地区に石が落ちてる」とかいろいろ言われています。

この「大滝山の石合戦」の話は昔の阿波では相当広く知られたもの、今の人はまったく知らない話です。

【参考文献】
山田竹糸「阿波昔ばなし」昭和48年




この、「大滝山の石合戦」を紹介するなら、高越山の写真を載せるのが筋なんですが・・・
すみません(>_<)写真撮るの忘れました！

そのかわり撮影しているのが大滝山からみた香川県側です。
車でだいぶ山を上るので眺めサイコーです！
<img src="http://udatu15.yoi-joho.net/images/kagawanonagame.jpg" border="0" alt="大滝山から見た香川県" width"320" height="240">


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   <title>ショッピングセンターパルシーについて</title>
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   <published>2007-07-31T03:20:59Z</published>
   <updated>2007-07-31T04:05:52Z</updated>
   
   <summary>脇町にある、ショッピングセンターパルシーは地元の人御用達のショッピングセンターで...</summary>
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      <![CDATA[脇町にある、ショッピングセンターパルシーは地元の人御用達のショッピングセンターですが、ただのショッピングセンターではありません。

<img src="http://udatu15.yoi-joho.net/images/parushi.jpg" border="0" alt="ショッピングセンターパルシー外観" width="320" height="240">

パルシーの外観からもわかるように、町の景観との調和を考えて作られています。

建てられた場所が稲田屋敷跡一帯であり、パルシー屋上からは、舞中島や稲田屋敷跡、うだつの町並みを一望できます。
うだつの町並みを語る上で重要拠点であるのは間違いないでしょう。

パルシー屋上からみた舞中島
<img src="http://udatu15.yoi-joho.net/images/mainakashima.jpg" border="0" alt="パルシーから見た舞中島" width="320" height="240">

パルシー屋上から見た稲田屋敷跡
<img src="http://udatu15.yoi-joho.net/images/yashikiato.jpg" border="0" alt="パルシーから見た稲田屋敷跡" width="320" height="240">

パルシー屋上から見たうだつの町並み
<img src="http://udatu15.yoi-joho.net/images/udatunomachiami.jpg" border="0" alt="パルシーから見たうだつの町並み" width="320" height="240">

パルシー屋上から見た潜水橋。
撮影時は渇水のため川の水がものすごく少ないです。
この潜水橋の風景は、脇町で撮影がある場合は必ず使われるところです。虹をつかむ男にも使われています。特に夕方の夕焼けが綺麗な頃に撮影されることが多いよう。
<img src="http://udatu15.yoi-joho.net/images/sennsuikyou.jpg" border="0" alt="パルシーから見た潜水橋" width="320" height="240">
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   <title>ショッピングセンターパルシー内部</title>
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   <published>2007-07-31T03:48:38Z</published>
   <updated>2007-07-31T03:56:33Z</updated>
   
   <summary>ショッピングセンターパルシーの内部です。 （注）通常ショッピングセンターの中は撮...</summary>
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         <category term="001ショッピングセンターパルシー" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
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      <![CDATA[ショッピングセンターパルシーの内部です。

<img src="http://udatu15.yoi-joho.net/images/parusinaka.jpg" border="0" alt="ショッピングセンターパルシー中" width="320" height="240">
（注）通常ショッピングセンターの中は撮影できません。
コチラの写真は許可をもらって撮影しています。

外観の渋さとは異なり、中はにぎやかでしょう？
様々なテナントが入っているので、大体のことはここで事足ります。

県外から来た方も、ぜひ立ち寄ってくださいね♪]]>
      
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   <title>阿波踊りへ行こう！</title>
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   <published>2007-08-10T04:51:43Z</published>
   <updated>2007-10-01T07:34:18Z</updated>
   
   <summary>平成１９年夏の徳島阿波踊りは大盛況の内に終了しました。 例年にない猛暑にもかかわ...</summary>
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      <![CDATA[平成１９年夏の徳島阿波踊りは大盛況の内に終了しました。
例年にない猛暑にもかかわらず、映画眉山の影響で期間中の観光客が13万人増、阿波踊り４日間139万人だったそう！？

<a href="http://hb.afl.rakuten.co.jp/hgc/03ba873c.f19f5c1c.03ba873d.2ec7aaf8/?pc=http%3a%2f%2fitem.rakuten.co.jp%2fbook%2f4483361%2f&m=http%3a%2f%2fm.rakuten.co.jp%2fbook%2fi%2f12104258%2f" target="_blank"><img src="http://hbb.afl.rakuten.co.jp/hgb/?pc=http%3a%2f%2fthumbnail.image.rakuten.co.jp%2f%400_mall%2fbook%2fcabinet%2f4988%2f4988104044341.jpg%3f_ex%3d128x128&m=http%3a%2f%2fthumbnail.image.rakuten.co.jp%2f%400_mall%2fbook%2fcabinet%2f4988%2f4988104044341.jpg%3f_ex%3d80x80" border="0"></a>


<strong>阿波踊り</strong>期間は徳島がもっとも輝く時期です。

平成１９年夏の徳島阿波踊りは終了しました。

<img src="http://udatu15.yoi-joho.net/images/cl_007.gif" border="0" alt="阿波踊り" width="15" height="15">阿波おどり　8月12日(日)～15日(水)

徳島市内4箇所に屋外大演舞場（市役所前、藍場浜、紺屋町、南内町）が設置されます（有料）

第1部 6:00PM～8:00PM／第2部 8:30PM～10:30PM（1部・2部入替）

午後6時、全会場でメインのおどりがスタート。高さ4mもの高張提灯を先頭に、しなやかな女おどり、迫力のある男おどりが続く。毎日午後10時頃、南内町演舞場に連が揃い「総おどり」が披露され、夏祭りの閉幕を告げる。

<a Href="http://ck.jp.ap.valuecommerce.com/servlet/referral?sid=2383840&pid=875977276&vc_url=http%3a%2f%2finfo%2epia%2eco%2ejp%2fet%2fpromo%2fevent%2fawaodori%2ejsp" target="_blank" ><img Src="http://ad.jp.ap.valuecommerce.com/servlet/gifbanner?sid=2383840&pid=875977276" height="1" width="1" Border="0">阿波踊りチケット予約は終了しました。また来年のお楽しみ～</a>

もし、もし阿波踊りのチケットが取れなかったとしても、阿波踊り期間中に「チケットあります」と張り紙した店もぼちぼちあります（良い席とは限りませんが、私は当日だめもとで行って運良く見つけました）。
選抜阿波踊りに関しては当日券は難しいでしょう。

<img src="http://udatu15.yoi-joho.net/images/cl_007.gif" border="0" alt="阿波踊り" width="15" height="15">選抜阿波おどり大会　8月12日(日)～15日(水)

徳島市立文化センター：11:30AM／1:30PM／4:00PM～
徳島県郷土文化会館ホール：1:30PM／4:00PM～

屋外の阿波踊りもよいですが、私のオススメはむしろこちら！
今まで屋外の阿波踊りしか見ていない人は是非見てください。
たくさんある阿波踊りの連の中でも選りすぐりの連が選抜され、競います。
その迫力、美しさに私は涙しました。

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